うちなびく、

02

 中学一年生のときに兄から譲り受けた(というより何度もお願いした末に捨てるはずだったものを引き受けた)自転車で、先ほど登りきっていた坂を一気に下る。登下校で使う比較的大きめの路地から一歩外れた、狭く蛇行する道を走ると、ひときわ年季の入った屋根が見えてくる。みっしりとひしめく住宅地のやや外れにある先生の家は、ちょっとびっくりするほどに古いのであった。

 

 雑草の生い茂る敷地内の隅っこに自転車を止めると、バッタが数匹ぴょこんと飛んでいった。温かくなってから、この周辺には幾らか虫が増えた。どうやら先生の家で冬眠していたみたい。

 

「ごめんくださーい」

 

 ノックとともにそんな声を出すけれど、返事はない。ドアノブをひねる――ではなく、扉に手をかけてガラガラと横に引っ張ると、すこし開きにくいそれはガコン、ガコンと音を立てながらあっという間に開く。鍵を掛けないことに対して不用心だと文句をいったことがあったけれど、先生はうーんと神妙な面持ちで悩んだふりをして、

 

『でも、もし私がここで死んでしまったらだれも鍵を開けられないんだけどなあ。第一発見者は、間違いなく葉月だよ。いやじゃない? こう、私がドロドロしていたら』

 

 と。『縁側の窓も閉めていないから大丈夫だよ』といったら、先生がそっかとやわらかく微笑する。だけど次の瞬間僕と先生の頭の中は(結局縁側の鍵も開けておくなら、玄関の鍵を開けておいても変わらないかあ)という思いに落ち着いて、鍵はそのままになった。僕は先生の家の鍵を持っていないけれど(そもそも先生も持っているかどうかわからない)、何度か無断で入っても怒られなかったので、結局今日も先生がたったひとりで何年も暮らすこのお城に、無断で侵入する。

 

 そのうち床を突き抜けて雑草でも茂りはじめるのではないかと思えるほど手入れのされていないリビングを通り過ぎ、そっと書斎の中を覗くと、濃い木々と埃の匂いが濃密にかおる書斎。壁には置けるだけたくさんの天井近くまで背のある本棚、無造作に刺さるのは幾つもの日焼けした書籍。その真ん中で、幾つかの積み上がった本と、書斎という空間には似つかわしくない一台のパソコン。先生は、入り口に背を向けてパソコンか本のどちらかと向き合っているはずだ(どちらかわからないのは、入り口からだと先生の背中にすっぽりと覆われているためである)。

 

 それでも僕がそこを覗くと、先生はまるで最初からそれを知っていたかのように鷹揚に振り返る。

 

「やあ、葉月。いらっしゃい」

 

 以前にそれがなぜかと聞いたら、この家には普段だれもいないから、葉月の足音や息遣いがとても珍しく耳をかすめるのだと。

 

 先生はいつものように、不法侵入の闖入者である僕へ朗らかに笑って、ノートパソコンをパタンと閉じた。

 

「今日も書いていたの?」
「そうだよ、生きるためには書く必要があるからね」
「先週はダラダラしていたのに」
「そう。でも、生きるためには締め切りを守る必要があるんだ」
「つまり、……今週がその締め切りとやらの山場なんだね」
「葉月はかしこいねえ」

 

 近づいてきた先生がさらっと僕の頭を撫で上げた。それをしてくれると知ってしっかり身構えていたのに、防御の効果なく心臓がとくんと高鳴った。「休憩しよう」とリビングへ向かう先生とすれ違うと、やはり、書斎と同じようになつかしいような木と湿っぽい埃のにおいがした。家が先生のかおりになったのか、先生が家のかおりになったのか。それほど、先生とその家は同化している。

 

 振り返って先生の後をついていく。背中は陽炎のように細長くゆらゆらしていた。

 

 小説家――という、ちょっとなかなか周りにはいない職業でご飯を食べているという先生の生活リズムは、働きに出ている家族や兄、姉たちと比べるとずいぶん自由である。たとえば、午後五時前という一日の働き納めみたいな時間帯に、こうして僕とお茶タイムをしてしまうところとか、三回行ったうちの二回は埃くらい地べたとお友達になって、無造作に本を開いているところとか。

 

「葉月、砂糖は自分で入れるかい」
「うん」

 

 先生は電子ケトルではなく、こげめのついたやかんをピーピーさせながらお湯を沸かしてくれる。取っ手を濡れたふきんで包んで、ふたつの形の違うマグカップに注ぐ。そうしてやかんを握る手は、意外にも僕よりゴツゴツと骨っぽい。
開いたら、僕の手のひらをすっぽりと飲み込んでしまうかもしれない。

 

 そんな想像をする僕はすけべだろうか。

 

 先生が入れてくれるのは、もっぱら紅茶だけ。もしかしたらそれは、僕が甘いもの好きと知っているから、コーヒーにしないだけなのかもしれない。

 

 キッチンとは呼べないほどしばらくはちゃんと使われていないそこに、先生と並ぶ。並ぶと背丈は僕よりもずっとあって、実は大きいことを知る。座っているか眠っているかという先生は、真っ直ぐに立っていることがひどく少ない。

 

 湯気の立っているマグカップのひとつに、先生がゆっくりと牛乳を注いだ。その上から、台所の隅っこに置いてある砂糖をたっぷりと入れて溶かす。

 

 筒状のお砂糖入れは、おととい僕が置いたままの状態でそこに残っていた。その事実を知って、先生には僕だけだと“特別”を得たような気持ちになる。

 

「歯は磨いている?」
「うん」
「そう、良かった。なんだか、葉月は甘いものばかり食べて虫歯になりそうで、そうしたら痛いからね」
「ちゃんと磨いてるよ」
「子ども扱いしないでっていう顔だね。ところで、葉月。私の《おやつ》は?」

 

 視線を合わせるようにかがんだ先生が小首をかしげる。子どもはどっちだ、と、呟いた。先生は聞こえなかったふりをして、花瓶もテーブルクロスもない二人がけの無機質なテーブルに腰掛けた。僕は派手なお土産袋(上品でカラフルなそれは、お母さんかお姉ちゃんが友達からもらった国内旅行のお土産だろうと思っている)のなかから、タッパーを取り出す。以前に来たときに洗ってそのまま乾かしておいた大皿に盛った。まだ温かかったけれど、先生への貢物は残り物という設定だから、ほっこりと立ち上がった湯気を無視してレンジに掛ける。それに、お箸を二膳。

 

 先生はお腹を好かせたサッカー帰りの少年みたいに、じ、とそれを待っていた。

 

「今日は、煮物」
「煮物。いいねえ、美味しそうだ。だから、今日はちょっと遅かったんだね」

 

 先生は、僕を見ていないようで見ている。観察しているというよりは、ごく自然にひとのことをぴったりとぴたりと捉えている気がする。

 

 煮物を見つめて表情をくしゃっと歪めた先生が、手を合わせて「イタダキマス」と丁寧におじぎをする。それからきれいな箸使いで煮物をひとつずつつまんではぽいぽいと口に入れていくのだ。

 

「醤油が、美味しいね」

 

 どういう感想なんだというツッコミはともかくとして、先生は美味しそうに《おやつ》を食べる。最初は「こんなに……いいのかい?」と申し訳なさそうにしていたが、残り物だからといってからは、それはもったいないからね、と容赦なく食べ尽くすようになった。

 

 先生はものを食べるときもきれいだ。ぽいぽい食べているのに。

 

 料理の上で楽しげに動く箸は、傷のない白くなめらかな指先が操る。子どものような勢いで食べていくというのに、口元はまるでスローモーションのように動く。しゃこしゃこと何かを噛む音は、静まり返った家の中でとても良く響くけれど、なんとなくいやな感じはしない。先生のすべてが、とても上品だからだ。

 

(小説家だからかな。……でも、書いている小説は、あんなんだけど)

 

 まるでずっと昔から一緒にご飯を食べているような錯覚に陥るこの瞬間が、僕はすきだった。先生が《おやつ》を箸でつまむ音や、すえた埃と出来たてのご飯が混じって一つになるにおいとか、食べながら「美味しいねえ」と相槌を打つように繰り返されることばが。そのすべてがなんでもないごく普通の日常を切り取ったみたいで。

 

「そういえば、先生」
「はんふぁい?」

 

 ちなみに先生の上品さは喋った刹那にさっと霧散する。

 

「書斎の横に積んであったダンボールのなか、ちょっと見たよ。あれ、新刊?」
「ほう。んぐ……っ。……ふう。んーとね、おとといくらいかなあ」
「そうなんだ。なんか、また表紙がすごかったね。どエロそう」
「んーどんなんだったっけ……」

 

 整った容姿のせいか静止画で見るぶんには絵画のようにきれいな瞬間もあるものの、すこしでも喋ったり動いたりすれば子どものようで、――それなのに一度書斎に入って集中しはじめると、書き始めるのはトンデモナイくらいのエロ本(という言い方をすると怒られるから官能小説という言い方をしておく)。アンバランスだ。

 

 僕は一度だけ、興味本位で先生の本を読んでみたことがある。それは学校でみんなが噂するようないわゆるシモネタ的なエロさではなくて、とにかく大人の堪能なのであったという。プレイ内容がキテレツだとか、陳腐なシチュエーションがあるとか、そういうことではない。ただ僕にはその内容を表現することばが見つからなくて、ただ先生に「すごおく、えろかったね」といったら、先生は珍しく少年のような笑みを浮かべて「それはね、大人になってからわかるエクスタシーだからねえ」と。

 

「また、おとなのエクスタシーみたいなやつでしょうかね。先生」

 

 すこしかし畏まってこんなふうにいうと、先生も真似をして「恐縮です、きみ。だけどね今回はちょっと違うんですよ」と同じように畏まった。

 

「家庭を何より大切にしている敬虔なキリシタンと生まれたときから悪魔だった男の話さあ」
「そうなんだ」
「ある日出会ってね」
「うん、出会って……? 奥様とエッチなことしちゃうの?」
「エッチなことって、かわいいね。エッチなことっていう表現で済ますにはちょっともったいないくらいの、色気むんむんな官能の世界なんだよ。ふたりは魂で惹かれ合うんだ、だからこれは仕方のないことでね」

「うわーお、人妻かあ。先生さすがえろえろですな」

 

 僕はいっててわずかに恥ずかしくなったから、赤みを帯びた顔をさとられないようにちょっとどぎまぎしながらことばを紡いだけれど、先生はもっと軽やかにそれをことばに出来る。照れた様子はないから、やはり経験というリーチの差はあるみたい。

 

「そうそう。だから、きみみたいな年頃の男の子のために書いているわけじゃないんだよ。これは恋愛の真髄でね……」

 

 そのあと色々とこまごま恋愛の真髄とやらについてのありがたいおことばをいただいたけれど、残念ながら記憶に残っていない。その話は先生がからっぽにしてしまった大皿と箸二膳を洗いながら聞いていたからである。洗剤が全然なかったせいで(全然泡つかないなあ)と思っていたら、あっという間に先生の小難しい話は右耳から左耳へと空気のように抜けていってしまった。

 

「で、先生。まとめると、恋愛の真髄……というのは?」

 

 先生は話を聞き流されていることに不愉快な素振りを見せることもなく、あっけらかんとした様子で「えっとねえ」と続ける。

 

「まあ、つまり葉月が理解するにはまだ早いんだってことかなあ。ほら、ちょうどこの間、何冊か書斎から本を持っていっただろう。あれ、まさか私の本じゃないよね」

「あー……あれは先生の本じゃないよ」
「なら、いいんだけどね。きみが学校のお友達に配布してしまわないか心配で」
「いまどき、スマホで見られる動画も、スマホで買える漫画もあるから大丈夫だよ」
「へえ。葉月はそうやってしているの?」
「あ、せくはら発言! 僕はしていないよ」

 

 この間持ち出した本は、表紙が日焼けして良く読めないほどに古びていた。だけどなぜかそれはとてもとても気になってしまったから借りたのだ。あのとき先生はとても集中しているような背中だったのに、やはり知っていたみたい。

 

 盗んだわけじゃなくて、先生が「ここにあるものはなんでも持っていっていいよ」といってくれたからだ。そしてその本を持っていってよいか聞こうとしたとき、先生の背中は“小説家”らしい集中体制だったから、声をかけることが憚られたのだ。

 

 住宅街がありふれた街の景色のひとつとすれば、そこからすこし離れて仲間はずれにされた先生のさびれた家はやや異質であった。だけどそれゆえに、僕にとっては特別な存在だった。

 

 いつから先生と一緒にいるのかは、もう忘れてしまった。ただ、気づいたら学校帰りにこうして、小説家で独り身な先生のために、栄養補給の《おやつ》を持っていく関係になっていた。先生の周りはいつでも妙な寂寥感に覆われていて、僕以外のひとの姿は見たことがない(担当さんはたまにくるみたいだけど)。冷たくひんやりした家の真ん中で、先生は僕を見ると新芽のように温かい眼差しをおもむろに歪めて笑うのだ。それが“特別”みたいでうれしくなった。

 

 世の中のことわりとやらについて詳しくなったとき、世の中は明確に男と女で分けられること、さらに男は女に、女は男に恋をしてその証のように欲情すること、そうして愛を分け与え合うことを知った。友達のシモネタに付き合って女性を思い浮かべることはあったけれど、だからといってクラスメイトにもじもじした想いを抱くこともなく。

 

 どうなっているんだ、おかしい、と――そう思ったときには、先生の存在がどんどん膨れ上がっていて。まるで必然のように、僕には先生の隣しか見えなくなっていた。

 

 厳密にいうと、先生とそういう関係になることを生々しく想像することはなかったけれど(これは僕がまだいわゆる子どもということだろうか。それとも同性の場合こういうことなのだろうか)、だれかひとりそばにいるひとを選べるならそれは先生だった。そばにいて、どきどきするのも。

 

(この気持ちは、先生に気づかれてはいけない)

 

 もちろんそんなセクシャルな話を聞いたことはないけれど、あんな官能小説を書くのだから、先生は今でこそちょっと仙人のような風貌だけれども、昔はたくさんの女性とめくるめく人生の物語を綴ったのだろう。想像してしまってチクッと胸が痛むことはあるけれど、悔しいとかかなしいとか、複雑な感情には決してならない。

 

 つまりこういう不純な動機を持つ僕にとって、この家の玄関を通るには、僕を正当化するためのちょっとした理由がいる。たとえばそのひとつが、《おやつ》の存在であった。

 

 そのとき僕は高校二年生になっていた。

 四月の中旬で、桜は早々に散ってしまったけれど、春はもうすこし続きそうだ。

 

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