うちなびく、

01

 光源氏が須磨へ退去することになった『須磨』巻には、これまで交流のあった姫君たちとの交流が語られる。そんな中でも涙を誘うのは、光源氏が最も愛する妻・紫の上との別れだという。

 

 源氏の家で紫の上とぼんやり過ごしてきた頃、朝方に、夜明けを待つ光源氏と紫の上の姿を想像すると、それはまるで一枚のよく出来た絵のようにも思えるのだと、秋山はいう。

 

「生きている世の中の別れがあるなどとは考えもせず、何度も繰り返し『生まれ変わっても一緒にいよう』とお約束申し上げたことです。生ける世にも別れがあるとは、かいのない契でした」

 

 古文で読むと何にもわからない、リズムの良い和歌が、先生のことばでわかりやすく現代語訳にたとえられても、そんな感情はまるでピンとこない。

 死んでも来世で一緒にいよう、と、生きている間に離れることなど顧みずにお約束できるなんて、どんなに強い結びつきなんだろう。想像してみたけれど、うまく行かなかった。

 

(あ……チャイム鳴った)

 

 お昼休みを知らせるチャイムの余韻が完全に消えるまで、数学とか化学とかそういう他の授業よりもどこか熱気のこもった声色は静まることがなさそうだ。

 

 昼休みなんだけどなあ……なんていう、堅苦しそうな周囲の身じろぎが大げさになってきて、ようやく秋山ははっとしたように声を止めた。

 

「あー……次は昼休みですかあ」

 

 急にすっと我に返ったようなとぼけた声に、「そうだよ、あっきー」「今日もオーバーしてるし」という親しみのこもったからかいのことばがどこからともなく飛んでくる。秋山は四十路らしいやや皺の寄った眉間を更にへにゃっと歪めて、「じゃあ、終わりですねえ」と笑った。

 

 さきほどまでの熱気はどこへやら、そこにはすっかり現代に戻ってきた秋山がいた。

 

 けれど僕は、古典にお熱で風変わりな秋山を、周りの生徒たちがそんなに嫌いではないことを知っている。それはこんなに熱弁するくせにテスト問題が容易だからとか、授業中の板書が少ないため忙しなくノートを取る必要がないからとか、全体的に内申に甘いからとか、そういったいち学生の都合というよりは、秋山の纏う空気がそうさせている。


 いつでもほがらかで、ニコニコしている。時々悲しそうに目を伏せたり、ちょっとむっとしたりする表情を見せるのは、授業中に古典の世界に入ってしまっているときくらいだ。

 

 ――『源氏物語』といえば、今からおよそ千年前に紫式部というそれはそれは優秀な女房さまによって書かれた大長編恋愛物語。主人公である光源氏は生涯に渡って女の子にモテモテ、とにかくモテモテな人生、そうして生きている。古典好きな秋山の話をいくら聞いてもなお、実際に印象に残るのはそんなところだった。

 

(モテる男の気持ち、僕にはわからないなあ……)

 

 教科書を仕舞ってお昼の準備をしながら、そんなことを考える。

 

(今日授業でやった《最愛の妻紫の上と、須磨地方へ行ってしまう光源氏の、涙のお別れシーン》ったって、この原因は朧月夜の君っていうお姫様との浮気っていうしなあ)

 

 モテ男の気持ちに寄り添うのは存外に難しいもの。
 生まれてこのかた十六年、女の子と親しみ合っていた時期が小学校低学年にてとっくに終わっているような僕にとっては、感情移入するほうが難しいのである。

 

 それでも、あっきーこと秋山先生の授業は意味不明な記号と数字と英語ばかりの理系教科よりもずっと聞きやすいから、他の生徒同様にきらいではないのだ(おまけにたまに居眠りをしても怒られない)。

 

 クラスメイトが、ざわついている他の生徒の話し声にまぎれて、僕の名前を呼んだ。僕もそれに答えて、お弁当を持っていく。

 昼休みがどの時期よりも浮ついているのは、季節が新学期の春だから。

 

 クラス替えを経て新しいチームになったこの教室内では、そろそろグループができはじめている。クラスメイトの顔ぶれと、部活や性格、一年生のときからの関係性……それらのパーソナリティと自分とを慎重に検討し、バラバラに投げ出された個性たちは当たり前のように複数のグループをつくっていくのだ。

 

 春の景色はとても鮮やかだけど、それ自体がとてもはかなく短いように思えるのは、その象徴のように咲きほこる校庭の桜が、あっという間に散りきって暑苦しく葉を茂らせるからだろうか。桜の絨毯もすっかりどこかへ行ってしまったような校庭を眺めながらそんなことを考えた。

 

 桜が散る頃には、僕たちはある種カーストともいえるごく自然なグループ分けにしたがって、来年までを一緒に過ごす友達を決めきっている。

 

 ちなみに僕のグループには、《あ》行の友達がひとり出来た。そのため、しばらく後の席替えまではその子の周りである窓際がお昼ご飯の席になる。外を見下ろすと、隣のクラスも体育の授業をややオーバーして終えていたみたいだった。

 

 体操着の生徒のなかには、去年同じクラスだったやつもいる。

 

「いいなあ、F組。男子のレベルが全然違うもん」
「わかる」

 

 聞こえよがしに(というより聞こえていてもそうでなくてもどうでも良いと言わんばかりの話し声のトーンで)話される声に、嫉妬心も妬みも生まれない僕たちは、ちょっと居心地悪そうにした。ここでなにかを話し始めると、まるで「コッホン、聞こえていますよ」といわんばかりであるから、しばしその話題が落ち着くまで沈黙を貫いた。

 

 確かに掛け値なしで、F組はかっこいい人が多いかも。

 

(たとえば、松原とか?)

 

 下駄箱へ向かう生徒の中心で笑う、一年のときに同じクラスだった王子様のような男。背がスラッと高くて、顔立ちが良く整っていた。それなのにいやみなところがなく、グループというカーストを超えてクラスのみんなと仲が良かった。僕も何度か話したことがある、ちょっと見ないような完璧すぎる男だ。

 

 そのせいで、彼女がいるだのいないだの、二股しているだのなんだの、だれと付き合っただのなんだの――とにかく噂が耐えないのだけど。

 

「あっきー、今日も迫真の演技だったねえ」

 

 クラスメイトのひとりが、すこしひょうきんな顔で、今日の秋山の真似をする。ちっとも似ていないけれど、それが面白くてつい笑ってしまう。そんなことをしていたら、別の話題へとうつろっていった女の子たちの小鳥のような声も、松原のことも、どこかへ飛んでいってしまった。

 

 

 

     *

 

 

 

 普段は多くの靴が散らかっているというのに、この時間は忽然と消えている玄関を抜ける。靴はだれもいないから良いだろうということで、適当に引っくり返して脱いだ。お母さんとお姉ちゃんがいたら、その場で幾つ小言をいわれるか。

 

 新学期に入ってひとつ良いことがあったとすれば、これだ。妹は中学校で運動部に入り、昨年高校を卒業した兄は通学に時間のかかる大学へ入学した。その上の姉は結婚して家を出ていたから以前からいなかったが、一番上の兄が地方へ転勤となったため、実家から消えていなくなったのだ。兄の仕事が土日休みであれば特に文句はなかったが、平日休みであるため、たまに放課後家に帰るといるのが本当に窮屈だった。

 

 しかし、平日のこの時間はよほどのことがない限り、自分以外が家にいることはない。夕方のセールにはまだ早い時間帯に幾つかの野菜とお肉を買って、普段は母が陣取っているキッチンで料理を始める(ただしすべての痕跡を消さないとまたお小言を食らうので、洗い物と拭き掃除には細心の注意を払わなければならない)。

 

 出来上がると、「これは余り物ですよ」といわんばかりに、タッパーに詰めた。汁が垂れないようにサランラップを巻いて、適当な紙袋に入れる。キッチンの痕跡がすべて消えたことを確認し、引っくり返った靴を履き直していやに大きなこの家を出た。

 

 “先生”の家にお邪魔するにはすこしばかりの理由が必要だ。以前まだ子どもだった僕はそんなこと考えなかったのだけど。

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