時雨と紅葉。

十九話 梅雨入りと意地っ張り

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「またあんた? なんか用? 今休憩中だから、そろそろ戻るけど」

『仕方ないですよ。クライアントから相談受けているんですから』

 

 というか、なぜ自分の携帯番号を知っているのか。時雨はげんなりしつつも、携帯を耳に当てて相手の返答を待った。スタッフルームの外では、梅雨入り真っ只中の雨模様だというのに、今日も人が出入りしている忙しない音が続いている。やっと休憩に入れたのはひとまず良いが、おそらく夜もひと波くるに違いない。

 

『少しお話があって、谷口さんと息子さんのことなのですが』
「逆にそれ以外でおまえとする話ないだろう。で、なに? つーかさ、あんたあいつと会ってるでしょ。こないだ、大量に甘い物食ってきたって」

『あれですね。経過を伺うのも仕事ですから』

 

 悪びれる様子のない口調であった。

 

『私の話は良いのですが、谷口さんから言伝というか、心配事を授かっておりまして』
「はいはい、お父様からね」

『まだ頻繁に会っているようなので、息子が心配だと。あなたの家へ訪れた日には必ず夜遅くなるから気がかりだとのことでした』
「海外では十九時すぎると“夜遅く”になるわけ?」

『物事の感じ方は人それぞれですから』
「二週間に一回数時間会ってるのが、あちら様にとって“頻繁”なわけ?」
『先方によりますと、そのようです』

 

 海外暮らしの金持ちの気持ちはわからないよ。嫌味をいおうとしたが、高村に伝えてもなんの意味もない上に、高村も先方に伝えはしないだろうと、やめておく。

 あきはおそらく自分とまだ会っていることを父親には伝えていないだろう。不器用ではあるがだいぶ一般常識は備えてきているのだから、新しい家族と暮らしながら自分と会うことがよろしくないことくらい気づいているはずだ。何より、門限を異常に気にする様子からも一目瞭然である。なんとも隠し事が下手すぎて露見しているのに加え、数週間前の梅雨入りの日に鉢合わせた出来事で確信に変わったというところであろう。

 

「藤野さん、ヘルプです! 戻ってください!」

「はいはいわかったよ」

 

 まだあと十分はあったはずだというのに。

 

「で。お察しの通りもう仕事戻るけど。俺の仕事は、大企業勤めのお偉いさんやあんたみたいに座ってりゃ終わるもんじゃないんだよ」
『もう会わないというのは……無理ですかね。まあ、息子さんはだいぶあなたに懐いているようですから。もうちょっと上手に会ってほしいんですよ』

 

 すこし意外である。

 十中八九『もう会うな』といわれると考えていたから。

 

「あいつがあいつである限り、上手に嘘とか無理だよ」
『でしょうね……まあ、谷口さんには伝えておきますよ。息子さんの様子に変わりはないですか?』

 

 時雨は、電話越しの高村が自分にあきの様子を問うことに若干の違和感を覚えつつも、なにもないと答えた。自分がなにをいったところで、あきに対する自分の優位性や権利を主張するような気がして面倒だったからである。

 

「なあ、あんたさ、あの男と付き合い長いの?」
『長いというほどのものでもありませんよ。数ヶ月前にお金で雇われただけの存在です』

「あ、そう。あいつは上手くやってんの?」
『それなりにはやっているんじゃないですかね。谷口さんからもそう聞いておりますし、以前息子さんご自身に話をお伺いしたときも、今のところ特に問題は見られないように思えました。どうしてそんなことをお尋ねになるんですか?』

 

 時雨は注意深く、先ほどから丁寧に発される高村の言葉を反復した。

 

「藤野さん、ヘルプです! お願いです、レジ!」

 

 梅雨が明けたら祭りと花火の時期である。あれから数回訪れたあきは、読みにくい表情をやや踊らせるようにしてその日を待ちわびているらしい。どうやって言い訳して家を出るというのだろうか。時雨は頭上に花でも散らしていそうなその姿を眺めながら、初めての祭りを心待ちにするあきを見ていた。

 

 最後に部屋へ来てから一週間。あきが次に来るのは、梅雨明けの頃であろう。

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