時雨と紅葉。

一話 紅葉とペットボトル

02

 どうでもいい話すんなよとか、おまえの仕事の話とかクソみたいにつまらんとか、とにかくキーキーうるさいとか、もうなにも喋らないでくれとか、色々といいたいことをぶちまけるときりがないはきりがないのだけど、最低限のマナーを込めて「へえ、それで?」と相槌を打つ。それだけで、時雨には女が集まってくる。

 

 それはなにも、女が馬鹿である、というだけの話ではない。奥二重だが、その分涼しく冷たく栄える精悍な顔立ちとか、他の男たちのように髪を痛めるような染め方をせず地毛のままを貫いたやや癖のある黒髪とか、すらりと長い背丈とか、時雨を取り巻くそういうものたちが、女を惹きつけるのだ――というのは、彼の金魚のフンであるリョウタの分析である。

 

 “時雨さんはちょっと乱暴な口利いたり、ホストにあるまじき失礼千万な発言しても、女がメロメロになるんですもん! 罪ですね、どうしようもないっすね!”

 

 時雨自身は、女が馬鹿なだけだろうと、一蹴している。

 

「え、時雨もう行っちゃうの?」
「いや……向こうに呼ばれてるの。ヘルプに遊んでもらって」
「ハアア? やだこんなの、時雨がいい。……ていうか、まだ五分しか経ってないよね!?」
「しょうがねえだろうが。そういうシステムなの」

 

 ギラギラとした薄暗い店内に、生ぬるい照明と、缶やグラスが反射する光の交錯。三割増しで甲高く響く女の声と、ねっとりと甘い男の声。恋愛ごっこの時間、夜の時間。時雨はもう何年もここにいるが、(気持ちわりいな)と思う内心は未だに健在である。

 

「いいよ、じゃあラスワンで高~いの入れるからゼッタイ戻ってきて!」
「あ、そ。てかおまえ金あったっけ?」
「ある!」
「……わかった、じゃ、一時間くらい待ってな」
「その代わり、閉店後付き合って」

 

 マスカラでたっぷり上乗せした睫毛を生かした上目遣いと、グロスの光るぽってりとしたくちびる。――には一瞥もせずに短く頷いて席を離れると、常連のそいつが馴れ馴れしさたっぷりにそばにいたヘルプに話しかける声が聞こえてきた。

 

「あたし、時雨の噂聞いたときほんっとばっかじゃないのって思ったの。色恋営業かけないホストなんているわけないだろって。……でも時雨はほんとうにかけない、かけないのになぜか払いたくなる気分になるの、なんでかしらねえ。……いやアンタの意見聞いてねえから、ヘルプ降ろされたくなかったら黙ってて」

 

 ――俺は演技が上手くねえんだ。誰が金なんかに向かって好きだの愛してるだのなんて囁けるかっての。

 

 勘弁してくれ。そう思いながら、今日も一夜を変な女と過ごす羽目になったことをすこしだけ悔いる。ここのところ連日、そんな日が続いていた。

 

「くっそ~先週も二番目かあ……」
「あ? おまえ八番目くらいだっただろう。出世したな」
「いやアンタのことっすよ時雨さん、なにボケてんすか!?」
「あ、そ」

 

 公開された八月の順位を見ながら、いつもと同じような順位と顔ぶれに、リョウタは頭を抱える。自分の順位は八番目から一つ上がっているのだが、そんなことお構いなしに、視線は二番目の順位と共に映るカメラ目線の時雨だけに注がれる。

 

 くっそー実人気は絶対時雨さんなのに、とか、小癪なやり方しやがって飛鳥のやつ、とかブツブツ文句垂れているリョウタは、時雨の金魚のフンである。

 

「飛鳥が一番なんだからそれでいいだろ」

 

 面倒なやっかみが起こりそうなので、あまりたいそうな順位などほしくないというのが時雨の見解だ。……既に時は遅く、営業をせずに二番手の座にふんぞり返っていると、飛鳥からやっかまれていることは変わりないが。

 

 ――色恋営業かけないホストなんているわけないだろって。

 

(面倒くせえ……)

 

 ナンバーワン様に目つけられる前に、適当に営業しておくか。気乗りしない頭で考える。……最も、営業したところであの狐野郎が(営業したしたいいね時雨見直したよ)となるはずがないのは目に見えている。……要は相性の問題であって、時雨とその男とは馬が合わない。

 

「いやあ、でも今日も最高っすね。そういうシステムだから、とか、金あんの、とか女にいえるの歌舞伎町のどこ探しても時雨さんくらいっすよ」

「別に、それで釣れんだからいいだろ」

 

 さっきまで駄々っ子みたいに地団太踏んでいた姿から一転、あひゃひゃと笑い転げるリョウタを無視して、時雨はロッカーから最低限の荷物を引き出した。今日はこのまま、女と直帰――できたらいいがその辺のホテルに泊まるだろう。

 

 ――時雨、最近枯れてきたよね。一生分の精液もう搾取されてやんの、……かわいそう。

 

 悪びれた様子もなく平気な顔で罵ってきた茉優のことばを思い出す。久しぶりに部屋に呼んで、ヤった直後に、あっけらかんとそういってのけたのだ。……とはいっても、最近目に見えて性欲が衰えたのは時雨の方でも自覚済だ。

 

(どうにかすりゃたぶん勃つだろ)

 

 気分はいつものように乗らなかったが、こちらに向かって何やら喚いているリョウタをよそに女の元へ戻ると、さっき隣に行ったときよりもいっそう臭い――鼻が曲がるような香水がかおった。蛇かというようにきつく絡みついてくる腕をそのままに、四方八方クソほど用意されたホテル街へと向かった。

 

「はあ~、ねえ、今お金あるから明日も店来てあげよっか?」
「いいけど明日は閉店後付き合えない。オーナーの指示で行かなきゃいけないところあんだよ」
「ええ! 何それ、そんなこといわれんの!?」
「そ。ま、仕方ねえよ。……何百万と残して飛んじゃった女の家行くの」

 

 あー……臭いな。シャワー浴びさせなきゃ無理だ。と、そんなことを思いながら。

 

 ――いやあ、今日は通常運転でよかったっす。一昨日の酔い方はやばかったっすもん、ヘンな薬でも使われたんっすよお。

 今日も今日とて、引っ張りだこだった時雨は相応の酒量を浴びるように体内に入れた。が、頭はすっきりと冴えている。――とすれば、やはりあの日は何か異常が起こっていたに違いない。

 

 ひどく酔っぱらった女にもたれかかられているせいで重い左半身に欝々としながら、ふと、その一昨日の青空が頭をよぎった。

 

 そういえば、吐き気に追われて半ば無意識にどかしたあの子どものからだは、羽か風船かという具合に軽かった。まるで、からだにメレンゲ菓子しか詰まっていないみたいな不思議な感触。

« | »

スポンサードリンク