未来へ、

07

 二週間ぶりの時雨の家についたときには、一時も回ろうかというところだった。本意ではなかったもののうたたねをしてしまっていたあきはそこまで眠くなかったが、玄関の鍵を回した時雨はやや眠たげに欠伸をした。

 

(けんしゅう、疲れたのかなあ)

 

 けんしゅうってどんなのだろう。あきは想像もできないけれど、妙に疲弊している時雨を見ると、きっとすごく大変な特訓なのだろうと思った。

 

 以前部屋を出た時のまましまってあったスリッパを履いて、部屋に入る。

 

「あきー。おまえ先風呂入るか? うわ、もう一時か……」

「ん。お風呂」

 

 あきは大人しく脱衣所へ向かおうとしたが、どさっと音を立ててソファへ座り込む時雨を横目に(このままだと時雨、寝ちゃうかな? 寝たら誕生日、どんどん遠くなる)という気がしてきて、悩む。渡すタイミングがおかしいのに尻込みしていたが、再び大きな欠伸が聞こえてきたのが後押しになり、慌ててカバンに手を突っ込んだ。

 

「あの、時雨」

「ん?」

「誕生日終わってからプレゼント渡すのはだめ?」

 

 首を傾げた時雨が、あきが手に持っていたその存在に気づいて、ソファにしなだれかかるようにしていた背を起こす。良いよというみたいにちょいちょいと手招きされる。あきは時雨のそばへ寄った。

 

「プレゼントって、おまえからの?」

「ん。さっき渡そうとして、忘れた」

「おまえらしいど忘れだね」

 

 静かに笑われる。

 

「で、どうしたのこれ」

「……許可もらって、ちょっと、アルバイトした」

「あーそう。いじめられなかった?」

「やさしくしてくれた」

「そりゃ良かった。……ありがと、開けていい?」

 

 ――ありがと。

 短く呟かれたそのことばに、胸がきゅうっとして、同時に温かくなる。

 

 時雨はこくこくと振り子のように頷いたあきの頭をくしゃっとひと撫でして、丁寧に包みをほどく。あんなにも複雑に巻かれていた包装紙は、時雨の手によって魔法のようにきれいに剥がされていった。

 

「……ネックレス?」

 

 またも、振り子のように頷く。

 

(好きな人にプレゼントあげるって、恥ずかしい)

 

 ただ、贈り物を届けるだけなのに、むずがゆくて。気に入ってくれるかな、喜んでくれるかな、時雨の反応が見たいような、でも見たくないような。そんなことを思いながら、でも我慢できずにそっと時雨を見上げると――、

 

「なんでおまえが恥ずかしがってんだ、もー」

「……っ」

 

 視界いっぱいに広がった時雨の、端正な顔立ちがゆるやかに破顔している。そんな時雨の笑顔につられるようにして、心臓がきゅうっと縮まるように痛くなった。この笑顔が見たかったのだとあきは思う。リョウタのおひさまみたいに豪快な笑顔ではなくて、茉優の上品な笑みでもないけれど――ほんのすこし口端を上げて見せるだけなのにひどくやさしい微笑。

 

(どきどきするのは、なんでだろう)

 

 あきの心臓は、恥ずかしいときも嬉しいときも痛くて、不思議な気持ちになる。

 

「なんつー顔してんの、おまえ」

「……へんな顔してる?」

「かわいくてたまらない顔してる」

「……時雨、へん」

「そうかも。……ほら、こっちこい。ネックレス、おまえがつけて?」

 

 両腕を掴まれて、乗り上げるように時雨の膝の上へ誘われる。あきのからだを小小津打つか何かのように持ち上げた手が、今度はがっちりと腰をホールドする。時雨が甘えるように、あきへと首元を寄せてきた。

 

「ぼくがつけるの?」

「そう。だって、おまえがくれたプレゼントだからね」

「ん、わかった」

 

 時雨から受け取ったそれ――城田と何度も足を運んでは、時雨に似合いそうなものを選んで歩いた末に巡り合った、小さなリングをあしらったネックレス。控えめなデザインにしたのは、「これなら仕事中もつけられそう」と小さく呟いた城田の言葉がきっかけだった。

 

「……ん、ネックレス、難しい」

「つけられる?」

「だいじょうぶ」

 

 不器用な手は小さなそれにいくらか手間取りつつも、時雨の首につける。肩をくぐるようにしてうなじを見ていた頭をすこし離して、ネックレスのついた時雨を見た。

 

(なんだか時雨が、ぼくのものって感じだ)

 

「ありがと」

 

 今更ながら、時雨の肩においた手が震えていたことに気づく。だれかにネックレスを送ることが、こんな緊張するなんて想像もできなかった。あの映画の中で、気のおけない友人たちはとりどりにただプレゼントを渡すだけだったから。

 

(トラップだ……)

 

 恥ずかしくなって、時雨の肩口に額を押しつけるようにして、顔を隠した。

 

「だからなんでおまえが恥ずかしがるのかね……」

「うう……」

 

 腰に回していた手が背中に回ってきて、それから閉じ込めるようにぎゅうっと抱きしめられる。ドキドキと跳ねていた心臓の音が、ブレザーやワイシャツ越しにすぐ時雨に届きくのは恥ずかしいと、ひやひやしてぐいぐい目の前のからだを押しのけようとする。途中で、時雨の鼓動もまた同じように早いリズムで脈打っていることに気づいて、それがまたあきの鼓動をより高鳴らせるのだ。

 

「――あき」

「んん、なに? お風呂?」

「誕生日終わったけど、もう一個欲しいものあんだけど」

 

 パチパチと瞬きをして、そのまま首を傾げた。

 

 バースデイサプライズは見事(バレバレであったものの)成功を収めた、用意していたプレゼントも渡した。……つまり、あきにはもう手持ちがないのである。

 

「もう用意してない」

「あー、用意はいらない」

 

 頭と背中に手が置かれて、それから落とさないようにしてあきを一気にソファへ引き倒してきた時雨が、間髪入れずにびっくりしているくちびるにキスを仕掛けてくる。動きはひどく機敏なのに、あきを横たえる手のひらはひどく丁寧だ。そうして、その大きな手は休むことなく、宝物にでもふれるみたいにあきの頬を撫でて、何度も何度も繰り返される。

 

「……ん、ふ――」

「あき」

「……っ……」

 

 時雨の巧みな舌が、あきのそれを絡め取って、口内を深く探る。散々茉優や新山とワインを開けていたせいもあるのだろうが、それにしても、時雨のからだはひどく熱いように思えた。いつの間にそうなっていたのか、猛ったそれを隠そうともせず、あっという間に息が上がったあきの額に、時雨の額がコツンと重なった。

 

「明日の学校の時間もらっていい? って言ったら、怒る?」

 

 欲情を隠すことのない、どこか急ぐような濡れた漆黒の双眸に射すくめられる。いつもの時雨らしくないその様子に、どうしてかあきのほうが赤面してしまう。――それでも、無抵抗にくちびるを吸われているだけなのでは、いつもと同じだ。

 

 両手を伸ばして、時雨の髪の毛を捕まえる。そうして、どっちかわからない唾液で濡れたくちびるに、ちゅっとあきから浅くくちづけた。

 

 ――つまるところあきだって、この体温を心待ちにしていたのは同じことだ。

 

「……パーティーを遅くまでしてたら、寝坊しちゃった。そうやって、謝る」

「なにそれ。なーんかこの状況で言われるとエロいけど」

「なんで、えろい?」

「おまえは深く考えなくていいから」

 

 言質は取ったしもういいや黙って。そう言わんばかりにわずかにアルコールの味がする舌が容赦なく侵入してきて、頭のてっぺんから爪の先まで甘く痺れていくのを感じながら、あきの舌も応えようと動く。しかしどうにかなる前に、あきの方がふにゃふにゃにされてしまう。今のところ、連敗は免れない。

 

「……や、しぐ……っ」

 

 可能な限りやさしく触れてくる手つきとは異なる、いつもよりも早急な様子で乱しにかかる時雨の指先やくちびるに、なすすべもなく一気に快楽が押し寄せた。

 

「おまえ昼寝したんだから、へばんなよ。言っとくけど今日はジェットコースターコースだから」

「……あ、あっという間、てこと……?」

「そう、あっという間。あっという間に朝までジェットコースター」

 

 意味のわからない言葉である。

 

 あきはその真意を問いただそうとくちびるを開くけれど、すぐに動きを再開した時雨によって、それはたちまち扇情的な嬌声へ変わっていった。あっという間にあきの制服のボタンを外すと、その隙間から無遠慮な手が直接肌へとふれてくる。

 

「あ……、しぐ、れ……ひゃっ」

「……制服ってなんか、悪いことしてる気分になるよなあ」

「え、な……に?」

「別に。改めて、自分の罪を再確認してたところ」

「つみ? 逮捕されて謝るの?」

「潔く犯罪人として生きるよ」

 

 へんなの。

 

 怪訝に思ったあきはボソボソと言葉を紡ぐ時雨にそう言葉を掛けようとしたけれど、話はおしまいと言わんばかりに動いた手に、強制的に続きへ戻される(自分から余計な話をしだしたというのに)。

 

「……あ……っ、しぐれ、ぼくも、さわる……っ」

 

 だいたい、いつも時雨が好き勝手するから、あきはめちゃめちゃにされて意味がわからなくなってしまうのだ。慌ててストップを掛けようとしたが、時雨は止まらない。

 

「無理。俺は今とっとと挿れたい気持ちだから。それも嬉しいけど――今度、な」

「あ――……ああっ、や」

 

 何度抱いても狭く縮こまるそこを開くようにして、時雨の細く長い指があきの良いところを擦る。いつもはあきのペースに合わせて、あきがこれ以上は無理だと思った刹那、その想いを汲むようにして、時雨が動きを緩めて乱れた呼吸を整えるのをいま少しは待ってくれるというのに。

 

 今日は、しつこく訪れる波が引くことなく、しかも何度も追い詰めるように訪れる。

 

(時雨が、欲しいと思ってるんだ)

 

 性急なその動きが、あきのからだを欲しいと、繋がりたいと全身で望んでいるようで――そんな時雨の動きにさらに動悸が高まって、愛おしさで胸が苦しくなる。でも、早く一つになりたいのはあきだって同じだ。二週間ぶりの時雨を、もっと近くで感じたい。広い背中にすがるように手を回して、目頭を骨っぽい肩口へぎゅうっと押しつける。あきは何度も時雨の名前を呼ぶ。

 

「あ、しぐ……しぐれぇ……っ」

「なに」

「も、い……から、い、いれて……」

 

 ――と、熱を持った乱暴な腕に肩を掴まれて、加減を忘れたそれが引きずり下ろすみたいにあきのからだをソファへ背中を押しつけられた。ぴたりとくっついていた体温が離れるのと同時に、リビングの明かりを遮るようにこちらを見下ろす時雨とあきのそれと、深く視線が絡まる。時雨の表情には、さきほど見た穏やかな微笑も、いつもあきを無遠慮に甘やかすクールな視線もない。黒々とした双眸に浮かんでいるのは、ただひたすらに激しい燃えるようなそれ。

 

「……おまえね、煽んなよ」

 

 いつもと同じような声で、同じような声の調子で――話しているというのに、どこか余裕のない。息を整えるのも忘れて「いつもと違うね」と言おうとしたのに、言葉はいらないと言わんばかりに開いた足の間で勢いよく時雨が動いたせいで、あきの問いはさっきと同じく、甲高い声によって虚しくもかき消された。

 

「ああっ……あ、しぐ――……」

 

 ずぐり、と、濡らされたそこを一気に貫かれる感覚に、からだが痙攣する。行き場を失ったあきの手のひらを繋ぐように、時雨のそれが強く重なる。痛いほどに握られたまま、時雨があきの中を確かめるように動いた。

 

「しぐれ……しぐれ……ま、ま、てっ」

「無理……今日どんだけ待ったと思ってんの……っ」

 

 気持ち良すぎるって、怖い。過ぎた快感を逸らそうとするのに、今日の時雨はそれを許さない。あきの小さなからだを逃げられないように閉じ込めて、それから何度も、いつもそんな風に呼ばない甘い声で、あきの名前を呼ぶ。

 

 

 ――あき。

 

 

 いつもはおまえ・こら・おいの三拍子あきを呼びつけるというのに、こういうときにはひどく扇情的に、自分の名前を呼び続けるのが恥ずかしくて、でも嬉しくて。

 

 麻酔が掛かったように朦朧とした頭で、あきはおかしいなあとぼんやり考える。

 

(時雨の誕生日なのに、ぼくのほうがしあわせになるんだ)

 

 でもそれがきっと、笑顔が見たいということ。すきだということ。そして、愛おしいということ。

未来へ、 (なるほど、これが朝までジェットコースター……) (自らの宣告通り盛大に寝坊をかましたあきが、隣で未だ眠る時雨にがっちりとホールドされながら、この男を煽ったことをわずかに後悔していたのはまた別の話)
Fin.

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