未来へ、

06

 はじめていった映画館は衝撃的だった。ふわふわの席に座ると、目の前には巨大なスクリーン。そして、どこからともなく耳を塞ぎにくる巨大なスケールの音楽たち。それなのに映画が始まると、物語はひどく自然にあきの頭の中を支配して、うっとりとその世界に見入ってしまった。衝撃的で暴力的な体験だった。

 

 そして、そのシーンを見つけた。何の変哲もないワンシーンだというのに、飾られた部屋の様子、きらきらひかるご馳走、その真ん中で蝋燭の立ったショートケーキ。バースデイサプライズがどういう存在かというものを、あきはその時初めて知った。

 だから、その時これは運命だと思った。

——Side Story Aki

『時雨って秋のこと言うだろう? だから誕生日が九月二十五日なの。……おまえは名前と誕生日関係ないもんね、若菜さんの名前からつけられたんだろうねえ』

 

 ぼくに時雨のバースデイサプライズを用意してほしいという、神様のお願いかもしれないと。

 ケーキを手にした主人公の、輝くような双眸。みんなで美味しそうにケーキを食べる姿。最近忙しくしている時雨は、誕生日にケーキを渡したらあんな風に笑ってくれるだろうか? 時雨が笑うのを想像すると、あきはたまらない気持ちになる。

 

 いちごを用意しないと。

 それに、蝋燭は三十本。でも、十歳で一本にするっていうのが良いんだった。

 

「……き。あき」

「……んむ。……いちご」

「いちごもケーキも食っただろう。帰るよ」

 

 いつの間にかソファを背もたれにして眠っていたらしい。大きな手に引っ張られるようにして、起こされる。

 

 リョウタと城田とテストの話をして、時雨にケーキを食べさせて、それからまたみんなでわいわいお話をして……あきはぼんやりと記憶を手繰り寄せる。どうやら眠ってしまったらしいことに気づいて、しょぼくれる。楽しい時間だったのに、眠っていたらあっという間み終わってしまった。

 

 先ほどまでテーブルいっぱいにあふれていた料理は、気づくとほとんど片付けられていて、厨房からはかちゃかちゃと片付けをする音が聞こえてきた。

 

「ん、しろたは?」

「リョウタがバイクで送ってった」

「まゆは?」

「あっちで新山と片づけ。で、おまえは今からおれと帰るの」

 

 時雨からブレザーを渡されて、しぶしぶ羽織る。「なにが不満?」と聞かれて「寝たらあっという間に終わっちゃった」と言ったら鼻で笑われた。あきにとってはすこしも笑いごとではないというのに。

 

「茉優と新山さんだけ片づけ? ぼくも手伝う」

「邪魔すんなよおまえ」

「どうしてじゃま?」

「あーなんつーか。別に。色々とあるんだけど、新山さんと茉優は片づけが好きだから良いの」

 

 お別れの挨拶もそこそこに、問答無用と言わんばかりに時雨に腕を引かれて店を出る。夏の名残が残る夜の生暖かい風が、あきの頬を切っていく。どうやら終電がギリギリらしく、「ほら早く歩きな」と、外なのに手を繋がれる。すこし恥ずかしいけれど、それよりも久しぶりの温もりがうれしくて、繋がれた手をぎゅうっと握った。

 

「時雨」

「ん」

「楽しかったー?」

「ん、楽しかった。おまえが準備してくれたんだろ? 良い誕生日だったよ」

「よかった」

 

 そう言ってすぐに、あきは「ん?」と時雨の言葉を慌てて頭の中で反芻する。

 

(良い誕生日、だった?)

 

 そういえば、終電が近いって――。

 

「あ!」

「……なに、忘れもの? 今度届けてもらう方がいいよ」

「や、ちがくて……えと、……なんでもなかった」

「そう?」

 

 時雨の訝しげな視線を交わすようにして、あきは慌てて下を向いた。

 

 しまった。大切なものを忘れていたと、未だカバンの中に入っているプレゼントを思って頭がいっぱいになる。ケーキを食べ終わったら渡そうと企んでいたのに、見事に頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

 

(時雨の誕生日、終わっちゃった)

 

 終電の時間は0時過ぎ。店を出るときにちらりと見上げた壁時計は、わずかに短い針が12を越していた。

« | »

スポンサードリンク