未来へ、

05

 席へ戻ると、城田・リョウタ・あきの学生トリオはよほどお腹をすかせていたらしい。きらきらした料理を目の前に、手を合わせて早速食べ始めていた。主にあきのおかげでこのパーティーのサプライズ自体はバレバレであったが、求めに応じた大人たちが強力だったため、一級品のきらびやかな料理が並んでいる。時雨も昼ごろに支給された弁当以来の空きっ腹を満たすべく、ありがたく頂戴した。

 

「リョウタは数学好きなの?」

「そうそう。俺元々理系なのよ。二人はもう文理系でクラスとか分かれてんの?」

「いや、おれたちはまだっすね。でもこいつたぶん理系は無理」

「んー。……これからがんばる」

 

 チキンに手間取っているらしいあきを、城田がなんやかんやと世話を焼いている。おそらく高校でもこんな光景は日常茶飯事だろうことは、安易に想像がつく。

 

「藤野、視線」

「羨ましいのはわかるけどお、あんたはこっち。大人の話しましょ」

 

 受験勉強に勤しんでいるというリョウタも、普段の勉強からのつかの間の解放を楽しんでいるようだ。時雨はそのあたりの近況がやや気になっていたものの、どこかのタイミングでリョウタから話にくるだろうととりあえず気にするのをやめた。

 

 グラスを持ち寄った茉優と新山に挟まれた布陣で、新山が時雨のグラスにワインを注ぐ。時雨は楽しそうに会話する三人の子どもからとりあえず目を離して、酒好きのふたりとグラスを合わせた。

 

「てか営業してないの?」

「8時まではしてたわよ。おかげさまで今月は黒字見えてるし、水曜だし、今日は短縮営業ってこと」

「あーそう」

「ところでチーフの藤野店長さんよお」

「はあ」

 

 時雨は、新山がニヒルな笑みを浮かべてこういう絡み方をするときに、大抵どんな話がくるのかを知っている。

 

「今うち、何店舗やってるか知ってる?」

「3っすね」

「そう。んで、来年2店舗出店決まったのよ。ついでにチーフとシェフの採用も動いてて、今んとこ枠はそれぞれ3。まあとはいえ、スタッフで良いのいたらチーフに上げてもいいからそのへんはまだ曖昧だけど。で、この意味わかる?」

「はあ……」

 

 新山がグラスを一気にあおった。

 

「俺と茉優はね、おまえみたいな男をちっちゃい店舗のチーフで終わらせるつもりないわけよ。まだちっちゃい会社だけど、おまえを忙殺する勢いでいろんなことやりたいって勝手に思ってる」

 

 半年前にチーフへ上がる話を持ちかけられたときも、こんな緩い飲みの最中だったことを思い出す。ヘラヘラした口調とは裏腹に、その言葉は強い。

 

「要は新山さん、あんたのことそろそろ本社連れていきたいらしいんだけどってこと」

 

 時雨にとって、答えは決まっている。

 

「お望みとあらば、行きますよ」

「ふふふ。であれば、今日のお代は仕方ないからタダでいいわよ」

 

 茉優がきれいな笑みを浮かべた。

 

「おまえそんな軽くていいの? 勉強することたんまり出てくるよ」

「別に……つーかそんな話はどうでもいいんすけど、新山さんこれ何時までやるの?」

 

 時雨の昇格を“そんな話”扱いされたというのに、新山は特別気を悪くした様子もなく、空になった茉優のグラスにワインを注ぎながらさあと首を傾げる。茉優もまた、同じような反応だった。

 

「……あきくんが満足するまで?」

 

 そう言いながら、穏やかな新山の視線が、せわしなく会話を続けているリョウタと城田の間にいる子どもに向けられた。

 そうだった――と、時雨は思い出す。ここにいる面子は、結局全員あきという人間に弱くて、結局のところあきを甘やかしたくて仕方がないのだったと。

 

(あいつが満足するまで……何時だろ。飯食ったら満足したりしないかな)

 

 決して、親しい顔ぶれで集まるこのパーティーが億劫なわけではない。ないのではあるが。

 

「……俺は明日休みだからいいんだけど、あいつ明日も学校。休ませて良いってこと?」

 

 新山は心得たと言わんばかりにニヤニヤして、茉優は「どんな思考回路ならそんな結論になるの、だめに決まってるでしょ」と嫌そうな顔で釘を刺した。ひとまずあきや城田たちが空腹を満たすまではどうにもならないのがわかっていたため、時雨たちは三人束になって片っ端からワインを開けていった。

 

「時雨さん! そろそろ腹一杯っすか?」

 

 しばらくして、食べながら勉強の話で盛り上がっていた三人がひと段落つけ、また時雨たちも何本かワインを開けた頃、リョウタがそう声を掛けてきた。腹の減り具合はこの際関係ないので「んー? まあ」と返事をすると、目を輝かせたリョウタとあきが揃ってケーキを取り出しにいく。

 

「時雨って甘党だっけ」

「全然。あいつにとって、いちごが食べれる俺は甘党なんだよ」

 

 目の当たりにした巨大なホールケーキを思い出して嫌な顔をした時雨を見て、茉優と新山は「振り回されてんなあ」とふたりして吹き出す。そうとは知らず、リョウタとあきはどこか期待したような面持ちでケーキを運んできた。両手でホールケーキを持つリョウタの後ろから、人数分の小皿とフォークを持ったあきがトテトテ付いてくる。

 

 包丁を取りに立ち上がった新山を一瞥したあきが、時雨の分であろう小皿とフォークを持って隣へやってくる。

 

「時雨は誕生日だから、たくさん食べていいよ」

「腹いっぱい。そんなにいらない」

「遠慮しなくていいよ」

 

 「そうだぞー、遠慮しなくて良いんだぞ」と笑う新山から小さい包丁をもらったあきが、少々危なっかしい手つきでケーキを切る。しっかりといちごがたくさん乗った場所を選んで。

 

「ここ、ぼくが一番良くできたクリーム」

 

 クリームはいくつかあるが、どれであろうか。それに、とりわけるのが下手くそすぎるせいで倒れているため、もはや原型をとどめていないので、判別が難しい。時雨は誤魔化すようにふうんと呟いて、ケーキを見下ろした。サービス精神溢れる量である。フォークを受け取って口に含むと、時雨好みの仕様にしたのか、見た目よりは甘くないまろやかなクリームとふわふわのスポンジが口の中いっぱいに広がる。大量には無理だが、甘いものが苦手な時雨でもこれならいける。

 

 どう?と言わんばかりに勝ち誇った顔をしている向かいの新山に、「うまいっす」と素直に言った。見た目ちゃらんぽらんだけど、悔しいことに新山のシェフとしての腕は一級品だ。

 

「ぼくも食べる」

 

 あきが自分の分のケーキを切り分けた。人に大量に盛っておいて、自分はうさぎの食事スタイルなのは今に始まったことではないので、文句を言うのはやめておく。

 

「おまえ、時間平気? 何時に帰んの?」

 

 あきの口の周りについたクリームを拭うと、気づいて追ってきた小さな口が指に食いついてきた。はす向かいの城田が固まった。その他のメンツにとっては慣れ親しんだ光景だったようで、特に反応はない。

 

(間接キスは照れるのに、こういうのは平気なんだもんな)

 

「城田ァ、戻ってこい。あれはよくあるぞお」と城田の目の前で手をブンブン振っているリョウタ。あきは気づかないまま、えーっとねと話を続けた。

「時雨の誕生日パーティーするから、泊まるって言ったよ」

「ほお、そう。えらいねえおまえ」

 

 時間を聞いて送り届けることを考えていた算段は一気に消し飛んだ。いよいよ明日の学校を休ませたい気持ちがむくむくと時雨の中でせり上がってくる。

 

「で、じゃあおまえ今日どこ泊まんの?」

 

 ぴったり隣の距離になったまま、すっと顔を近づけて斜め下のあきの表情を伺う。ケーキを頬張っていたあきが、時雨の気配に気づいて上を向く。キョトンとした表情になって、それからむっとしてすぐに手元へ視線を戻した。

 

「……時雨いじわるだ」

「なんだって? 言わなきゃ泊めてやんないけど」

「む……」

「ちょっと時雨。公の場でセクハラ発言すんのやめてくれない?」

 

 セクハラ発言をしたつもりはないが。

 

「そうだぞ。もうちょっとアダルトな雰囲気は待ってくれ。でないとそこの健全な青少年が気絶する」

「お、お……っ、おれ気絶しないです!」

 

 からかわれて顔を赤くした城田の言葉で、茉優やリョウタの騒がしい笑い声が広がった。意味がわからないだろうが一緒になって小さく笑みをこぼすあきを横目に、腹一杯になって満足したらお開きにして帰るぞと言いたい自分を、時雨は懸命に押し殺す。結局のところ時雨は、あきのこの楽しそうな表情にはかなわない。甘やかしすぎている自分に辟易しつつも、甘くなった口内を渋いワインで流した。

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