未来へ、

03

 放課後あきを連れだって、取り置きしてもらっていた時雨の誕生日プレゼントを取りに行ってから、時雨の勤める店へ向かう。何もなければ五時には着くはずだったのだが、あきが包装紙のリボンを青か緑で散々迷ったため、すこし遅れて店へ到着した。事前に8時までの営業時間が告知済みだったからか、いつもよりもディナーの出入りがまばらである。店へ入ってすぐ、奥の方にチェリーブラウンのツンツンした髪の毛を見つけて、ふたりで席へ向かった。

 

「リョウタ」

 

 店内のBGMにかき消されてもおかしくないほどか細い声だというのに、パッと顔を上げたリョウタがにぱっと笑う。

 

「よっ! 城田も。なんか遅くね?」

「こいつがプレゼントのラッピングを青にするか緑にするかで、すごい悩むんですもん」

「む。それ大事なのに」

「相変わらず優柔不断だなあ、あきは」

 

 リョウタを最初に紹介すると言われたとき、今もそうだが全く伝わらないあきの言葉で「おひさまみたいだから、大丈夫」と言われて、何が大丈夫か皆目見当もつかないまま会ったのだが、人好きする笑顔を目の当たりにしてすぐに(確かに、おひさま)と合点がいったのを城田はなんとなく思い出す。

 

 笑顔こそ変わらないものの、出会った当初よりだいぶ髪色の落ち着いたリョウタが、ふたりをこいこいと手招きした。そんなリョウタのテーブルには、分厚い参考書が開かれている。

 

「リョウタ、勉強たいへん?」

「大変もたいへんよ。俺、2年は大学生やってたはずなんだけどね……もうすっかり忘れてる。これも遊び呆けてた代償だよなあ」

 

 カラッと笑って「いやあ、わからん」と言ってのけるリョウタ。あきはそんなリョウタを慰めるように、隣でいい子いい子していた。

 

「お、来たかあちびっこ集合」

「……おれも一緒にするの、やめてほしいんすけど」

「おじさんに比べればどっちもちびっこです。リョウタすらガキなんだから」

 

 厨房から出てきた新山さんが、二人分のおしぼりと水を出しながら飲み物を聞いてくれる。あきと城田はお言葉に甘えてそれぞれ飲み物をオーダーした。

 

「新山さん、約束」

「はいはい、わかってるって。茉優に連絡したやつだろ? もうちょっとで焼き上がるから、出来たら呼ぶな」

 

 新山さんにくしゃりと頭を撫でられたあきが、「良かった」と言わんばかりにぽわんと笑った。どうやら何かを約束しているらしいが、おそらくケーキの飾りを手伝いたいとかそんなところであろう。新山はふっと笑って厨房へ戻っていく。あきはくしゃくしゃになった頭を撫でつけながら、新山の背中を追って、こてんと訝しげに首を傾げた。

 

「新山さん、ごきげん?」

「あ、おまえもそう思う? 俺もさ、なーんかいつもと違う風に見えたんだよね。嬉しいことでもあったのかなあ」

「時雨の誕生日だからかな」

 

 新山の態度がいつもより上機嫌かどうかは分かりかねるが、あきの導き出したその結論は絶対に違う気がするけれど(これはリョウタも同じ想いらしく「おまえね……」という顔であきを見ていた)。

 

 おひさまの笑顔を持つリョウタと出会ってから、「リョウタも、時雨と同じ」とあきから言われたときには元ホストの肩書きにびくついたものの、人懐っこいリョウタに城田もすぐに気を許していった。何度も会ったわけではないが、城田にとってもリョウタは緊張せずに話せる大人――というよりも兄に似た存在である。

 

「一番好きなのはなに?」

「俺ねえ、やっぱり数学かな。高校んときから得意だったのよ、計算とかは」

「う……」

「なにあき。おまえ数学ダメなの?」

「こいつ数学だけは全然だめですよ。英語とか国語の漢字とかは、最近結構できるようになってますけど」

「そうかそうかあ。よし、受験が終わったら兄さんが家庭教師してやろう!」

「家庭教師! お金はいくら?」

「友達料金だから、100円でいいぞ」

「ひゃくえん!」

 

 リョウタはホストを辞めた時雨を追って一度この店で正社員として働いていたものの、今は店をやめてあらゆる場所でアルバイトをしながら勉強する受験生である。もう一度大学生をやり直すというのと、アルバイトを至るところでしているのは社会勉強を兼ねてのことらしい。

 

『俺時雨さんにメチャクチャ憧れててさ、ホスト仲間には金魚のフンってバカにされるくらいだったんだよ。辞めた時雨さんについてここで働いてたけど、そろそろ自分でやりたいこと見つけよっかなって思って』

 

 出会った際にそう話した言葉通り、リョウタは真面目に勉強をしている。アルバイトをしていることもあり、あきでさえあまり会えていなかったらしく、「リョウタ。ごはん食べてる? 心配」と、あきが余計なお世話を焼いていた。

 

「リョウタはまゆと新山さんと、時雨のお料理しなかった?」

「いや、俺も手伝いたかったんだけど、新山さんに『バカ受験生はパーティーまで大人しく勉強しろ』って追い出された。なんだかんだ優しいよねあの人」

「そっかあ」

 

 そのままお互いの近況に花を咲かせていると、厨房から呼ばれたあきが、ドキドキしながらケーキの飾り付けに向かっていった。上手く出来たらいいなあと呟いたあきに対して、城田は正直(谷口が飾ったものなら、藤野さんなんでも喜びそうだけどね)と口をついて出そうになったが、それではあんまりなので咄嗟に言葉を飲み込んだ。

 

「いや大丈夫! あきが作ったもんなら、時雨さんなんでも食うから!」

 

 隣のリョウタが悪びれた様子もなく、城田が飲み込んだ言葉をそのまま口に出してしまったので、思わず吹き出す。

 

「え、なんかおもしろいことあった?」

「いや……おれも、同じこと思いました」

「やっぱり? だよねえ、時雨さんのあきの溺愛っぷりはハンパないもん」

 

 男が男に対して溺愛というのは、城田にとって妙に馴染みがないのだが、相手が時雨とあきだったら不思議と納得がいく。あきと時雨がお互いに想いあっているのは、ずっと一緒にいる中で、当人たちからも周囲の大人たちからも溢ればかりに伝わってくるからだ。

 

「すっげえよなあ、あきは」

 

 あきの背中を目で追いながら、リョウタがそういった。

 どうも、今日はリョウタと感情がシンクロするらしい。

 

 城田の視線に気づいたリョウタが、小さく苦笑する。

 

「いや、だってさあ。もうすげえよ。時雨さんの変わりっぷりも、あきの変わりっぷりもなあ。一年前とは別人なの」

「おれは、みなさんほどあいつと付き合い長いわけではないので、なんとも。でも、すごいなあとは思います。誕生日パーティー、藤野さんが喜ぶかは心配っすけど」

「あはは、それは俺も思う。藤野さん今日帰ったら、絶対あきとセックスすることしか考えてないもん」

 

 ブハッと口をつけていたカフェオレを吹き出す。おもしろい反応するねと、爆弾発言した張本人はケロリとしながら笑った。同級生の(しかもたいへんに見目麗しいとはいえ同じ男の)生々しそうな性事情についてあまり考えないようにしてきた身としては、見事な不意打ちである。

 

「城田にさあ、俺が大学にもっかい行きたいって理由話したっけ?」

「いや、詳しくは。ただ、やりたいこと見つけにって聞いた気がしますね」

「そうそう。前も話したけど、俺大学二年で中退したの。遊びすぎちゃってさあ、それで顔とノリはそこそこ良かったからホストやって、それで時雨さんっていう憧れの男を見つけてさ。でも時雨さんとさあんなちっさいあきが、すっげえ一生懸命前に進んでんの目の当たりにしてさあ」

 

 あきと時雨との間に起こった壮絶な過去を、城田はあまり多くは知らない。ただ中学三年の秋に、どこから噂が流れたのだろうか、実の父親に監禁されていたという谷口紅葉の事件を知り、クラスメイトは震撼していた。噂は噂を呼び、さらに周囲から遠巻きに見られがちになっていったのを、本人はどう思っていただろうか。

 

 そして、――あきを救い出したのが児相や警察でないのは、城田だけが知っている真実だった。

 

 城田もまた、あきが眩しく見える時がある。

 

「俺もこれじゃいけないなって。人生はやり直せないけど、大学くらいはやり直せるんだから、もう一回やりたいこと見つけに行こうって思って、こんなバカだけど受験生ってことよ。でもたまに――“何かをやりたい”っていう気持ちじゃなくて、“誰かをしあわせにしたい”って思えるって、まじで強えなあって思う」

「おれもあいつ見てて、同じことたまに思いますね。藤野さんも、そうなんっすか?」

「いや絶対そう。時雨さんってほんっと完璧人間でさあ。でも、仕事とかたぶん忙しいのとか面倒なのとか嫌いなんだけど、でもやってんのってあきのためだもん。まあ拾ってくれた茉優さんとか新山さんに恩感じてるのもあるだろうけど」

「そうなんっすね」

 

 かっこいいの、時雨さんって。

 そう寂しそうに言いながら、リョウタが苦笑する。

 

「おれ、普通に遼太さんもかっこいいと思いますけど」

「はえ?」

「自分のしたいこと探すとか、そういうの。おれ想像もつかないし、将来は会社員になって普通に暮らせれば良いかなって思ってただけで。たしかに藤野さんと谷口も、すごいなあと思いますけど、そうやって探しに行くの、見習いたいですけどね」

 

 城田はいつかの自分を想像する。

 

 自分に彼女がいたことはないから鮮明な想像はできないけれど、この人を大切にしたい、この人のために何かしたいと強く望む自分の姿を。

 

 未来、そういう存在が出来たらしあわせだろう。

 

 あきは既にそういう相手を見つけているのだろうが、自分はまだそのタイミングではない。けれど、ゆっくり探しに行きたい。世話焼き対象であるあきの姿が時折眩しく見えてしまう際には、いつもそう思う。

 

「うーん……おれも、遼太さんみたいになんかやろっかな」

 

 待つだけじゃなくて、自分から掴みに行くのはちょっと、かっこいい。

 

「しーろーたー」

「……え、なんっすか?」

「おまえまじかっこいい男前じゃん! なんか元気出た! 普通とか思っててごめん!」

「は? 普通とか思ってたんっすか!? 知ってましたけど」

 

 城田はなぜかぎゅうぎゅうに抱きついてくるおひさまのような男を押しのけながら、そんなことを思っていた。

 

「もうそういうこと言っちゃうやつは、先輩が今度美味しいもんを奢ってやろう!」

「いいっすよ……万が一受験失敗したときの貯蓄にしてください」

「なんだと!」

 

 くしゃくしゃと頭を撫でられて、城田にはすこしこそばゆい。いつもあきが周囲の大人たちから甘やかされているのをぼんやりと眺めているだけだったが、いざされる立場になってみると気恥ずかしいような、でもなんとなく嬉しいような。

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