未来へ、

02

「ねえ、見てみて。谷口くん、なんか笑ってるよ」

 

 自分の机で答案用紙片手に笑っているだけで、なぜそんなにも注目されているのか。

 

「きゃーかわいい……! 数学の点数、結果良かったのかなあ」

 

 そんなわけあるはずがない。やつは前日、ふにゃふにゃしながら数学は諦めるんだ、英語を頑張るんだと声を漏らしていたはずだ。結果が芳しいはずもない、むしろ城田の見立てが正しければ赤点との狭間で揺れているはずである。

 

「あれ……でも、谷口くんって数学苦手じゃなかったっけ。いつも森田先生が変な顔してるし」

 

 その通りだ――しかしなぜそんなところまで観察されているんだあのポヤポヤは。

——Side Story Shirota

「ねえねえ、城田ァ。どう思う?」

 

 なぜやつはくんづけで、俺は苗字の「城田ァ」呼びなのだ。そんなどうでも良いところまで面白くなくなってきていることに気づいて、城田は慌てて居住まいを正す。

 

 目の前にはきゃっきゃと盛り上がる谷口親衛隊(城田が勝手に命名)3名の女子。城田に会話が振られた理由は、たまたま後ろに城田という話しかけやすい平凡男子がいたからということ、そして城田がクラスメイト谷口紅葉の親友であることは周知の事実であることからである。

 

「城田、聞いてる?」

「聞いてるけど、おれが谷口の何をどう思うかだっけ?」

「そうそう。なあんか、夏休み明けてから谷口くんすっごい楽しそうなの。何か夏休みいいことあったのかなあ」

「ていうか、いつも思うんだけど、なんでおれに聞くの?」

 

「そりゃあ……」女の子たちはすこし頬を染めて、お互いに目配せしながらもじもじする。「谷口くんってさあ、遠目から見るとすっごく天然でかわいいんだけど、近くで見るとちょーっと美形すぎるんだよねえ。こっちがドキドキしちゃうっていうか」

 

 おい。ちょっと待った。じゃあなんでおれには普通に話しかけるんだ。

 

 と聞くのもアホらしい。城田は自分の平凡な容姿もあきの人を惹きつけてやまない麗しの容姿もいやというほどわかっている。友達になるのはプライドが傷つくから近寄りたくないという感情が伴うのかと思いきや、度を越した天然故に、すこしも憎めないのだから困る。それに、気軽に話し掛けやすい男という肩書きも、実は全く空気な存在よりは良いのだ。

 

 今日もそんな風にして、あきに振り回されつつそのポジションを美味しくいただく城田であった。

 

「谷口くんがしあわせそうだと、なんていうかこっちまでマイナスイオンもらえるよね」

「そうそう! 何か良いことあったんだろうねえ」

 

 不意に、頬をゆるゆるにして答案用紙を眺めていたあきが、城田にちらりと視線を寄越す。周りに女の子たちがいることに気づいて、あっと気づいたように慌てて、答案用紙に再度目を落とした。こういうあきの振る舞いは、話しかけたいけれど城田はお話中だから我慢。の合図である。

 

(わかってしまう自分が憎い…)

 

 そして律儀にも、要件を聞きに席を立つ自分さえも。

 

「なに、どうしたの城田」

「いや、なんか。谷口が用事ありそうだったから」

「さすが保護者! テレパシーっていうか……通信機能がすごすぎるね」

「谷口くんがもし女の子だったら、城田って面倒見の良い彼氏みたいだよねえ」

 

 その台詞が囁かれていることを知ったら、自分の何十倍も性能抜群のテレパシー機能持っている男に目で殺されるかもしれないと、城田は苦笑する。小洒落たコーヒーショップで出会ったときの、冷たく胡散臭そうな大人という印象とは異なる、嫉妬深くて執念深い、今や城田以上にあきに振り回されてばかりの男。城田は最近、ホスト上がりの美形と、異なる人種も良いところである時雨に対して、どんどん妙な親近感を覚えていっている。当人には口が滑っても言えないのだが。

 

(要件も、なんとなく予想はつくけど)

 

 幾多の視線を感じつつもあきのそばへよって話しかけると、おおかた予想通りの言葉が返ってくる。今日の約束、覚えてる?と。昨日も、三日前も、一週間前も聞いていて、正直もう聞き飽きたと、城田はため息をついた。

 

 ついでに数学の出来を聞くと、「英語、良かったよ」と全く誤魔化せていない謎のすり替え戦法を発動された。ひったくって答案用紙を見ると、赤点はギリギリ回避、中間テストよりもわずかに点数が良くなっている。

 ほとんど不登校だった中学校のツケもあり、あきは全教科等しく苦労しているが、ようやく最近成績が徐々に伸びつつあった(数学の伸び方だけ微妙に緩やかなのだけど)。

 

 夏休み明けてすぐにはじまる二学期の期末テストを前に、一緒に勉強していたあきからその話を持ちかけられたのは、もう一ヶ月も前の八月終わりのこと。以前に一緒に観にいった映画の影響を受けたらしく、時雨の誕生日パーティーをしたいというものだった。

 

『茉優と新山さん、リョウタもくるから、城田も一緒に行こう』

 

 正直最後のひとり以外はほぼ話をしたことのない人物だったので断りたかったが、真っ直ぐなヘーゼルの瞳に射すくめられてはかなわない。城田はしぶしぶOKを出したのであった。その代わり、テスト頑張るぞ!と、すでに誕生日パーティーの算段で頭をポヤポヤさせているあきを鼓舞することも忘れずに。

 

 正直(30歳の誕生日? パーティーされて藤野さん嬉しいのかな)という疑問はあったものの、『ケーキはぼくが仕上げて、映画みたいにチキン用意するの』というあきの嬉しそうな話を聞いて、こうなったあきの勢いは誰にも止められないと悟るのであった。

« | »

スポンサードリンク