きみの傷跡はきれい

03

 しろの同族を名乗る乙葉が突如として襲撃してきてから、特にそれ以降進展もなく、乙葉は仮にも女の子だというのに無防備にも男ふたりで暮らすこの場所へ住み着いた。以来、特にこれといった進展はなく、すこしにぎやかないつもの冬の日々である。

 

 しろの正体が犬族ではなく狼族だったということは、乙葉との邂逅によって知らされていた。

 

(狼だっていうんだったら、うなずけるよなあ)

 

 当時から真白い毛並みは美しくきれいだったが、からだがコロコロしていた頃は、甘えたな性格も相まって、犬族と信じて疑わなかった。しかし歳を重ねるごとにからだがニョキニョキと大きくなっていくにつれて、(犬か……? でかいなあ)と変に思ってはいたので、納得はしているつもりである。

 

 輝くような金色の双眸も、美しい毛並みも、ヒトの形になったときの端正な顔立ちも、希少種で気高い種族である狼と聞けば、すべてに説明がついた。「あんた、小さいころ行方不明になったのよ! あたしたちの群れからね」と、四年も音沙汰のなかったにしては突拍子もない言葉に関わらず、梛にはわずかにズレていたピースがぴたりとはまるように思えた。それは、――だんまりを決め込んでいるしろとて同じはずである。

 

 人間と、獣と人間との姿を行き来できる獣人とが生活する世の中で、人の里でも狼族の話は耳にしたことがあった。世の中にはたくさんの種族がいるけれど、梛たち人間にとって狼族は基本的に同じ種族同士の群れ行動であるため、人の前姿を表すことが極端に少なく、伝説みたいな存在だと言われていたから。

 

「うわあ、なあにそれ! あんた、ほんとうに器用ね! なんていうの?」

「……ありがとう。でも、料理に名前はないよ。ありもので作ってるからね」

 

 こんがりと焼けるにおいにつられてきた乙葉が、梛の手元をしげしげと覗き込む。また一段と、部屋が狭くなる。

 ぱっちりした華やかな乙葉の双眸には、しろと同じ金色がよく似合っていた。興味を隠せないようなその目に、思わず笑みがこぼれる。

 

「……乙葉、食べてみるか?」

「なっ! 食べないよ、人間のもんなんか! そこの後ろにへばりついてるやつみたいになったらいやだもん! ていうか、気安く名前呼ばないでよ」

「うるさい。おまえ、食べないなら、あっちいって」

「あんたに指図されるいわれなんてないから!」

 

 今日も乙葉はそうして強がってみせる。

 

 しかし、しろと梛が食事へ向かうのをこっそりと(でも驚くほどにわかりやすく)観察していた乙葉は、しばらくして鍋の中にまだそれが残っていることを確認すると、ようやくすこし大人しくなった。この二週間のうちで何度かあったみたいに、このまま鍋の中にとっておいたら、乙葉はきっと夜中にこそこそ食べるのだろう。食べ物に興味はあるけれど、人間と同じものを口にしたくはないし、狼としての矜持が邪魔をするらしい。素直じゃないお年頃である。

 

「梛のごはん、美味しいね」

「あーあ、人間なんかに馴らされちゃって。あんたって本当に犬ね」

「おまえにいってない」

 

 同族である乙葉としろは今のところどうもそりが合わない(乙葉が一方的に噛みついて、しろは迷惑そうにするのが最近よく梛が見る光景である)のだろうが、どことなく纏う雰囲気の似たふたりが口喧嘩する様子は、ともすると微笑ましく感じることがある。

 

(これが、お母さんみたいな感情かな)

 

 梛は密かにそんなことを考えた。

 傷だらけで雪の絨毯に倒れていたしろを助けて、群れからはぐれて身寄りのないことを知ったとき、“母”のことをその単語ほどの意味しか知らなかった梛は、しろの母のような存在になりたいと強く思った。十五だった梛もまた、長い孤独に飢えていたけれど、突如訪れた孤独がどれほどの痛みをもたらすかはよく知っていたから。

 

 あれから、四年。

 

 だれよりも近くにいて、その成長を見守っていれば、たくさんの出来事や感情が生まれていた。それなのに、梛は今日また、喚き合うふたりをみながら新しい感情を知る。

 

(しろはいつも、新しい。おれに知らないことを教えてくれる)

 

 兄弟のようなふたりの様子は、梛にとって、いつまでも眺めていたいほど微笑ましいものでありながら、同時になぜか寂しくもある気がしていた。

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