君についた幾つかの嘘について。

1話 福田愛莉とのさんにんの日常。

05

 放課後、スーパーの値下げが始まるにはまだ早くて、先生のところに行きたかった。だけど、なんとなく、今は会いたくなくて、気分転換に本を読もうと図書館へと向かう。


 冬の足音が聞こえてくる。最近、ぐっと寒くなった。そろそろイチゴの季節である。安売りされたら買って帰ってみよう、毎年理人が「うわあイチゴだ」と、イチゴの可憐な容姿には似ても似つかないでかい体躯からうれしいビームを出すのである。

 

 建て替えのせいでプレハブの中に小ぢんまりと本が詰められた図書館は、ガラリと空いている。六人掛けの四角いテーブルに座って、ぺたっと頬をくっつけた。

 

 なんだか、眠くなってきた。温められた図書館は、ひとがあまりいないこともあって、しんと静まり返っている。時々本を出し入れするカサカサという音と、控えめなトントンとい床を歩く音。

 

 ――私ね、理人さんと結婚したいの。

 

 おぼろげながら感じていた愛莉ちゃんの気持ちをはっきりと告げられてから、いつもの部屋でグッスリと眠れなくなっていたから、瞼がだんだんと重くなってくる。

 

「……佐野?」

 

 図書室の神聖な空気をぶちこわすようなけたたましい音で、はっと目が覚める。すこし、眠っていたのか、それともだいぶ時間が経っていたのか。不意に名前を呼ばれて、目を開くと、勢いよく扉を開いた犯人が目の前に突っ立っている。

 

「小塚……。なんでいるの」
「コッチのセリフだから。なにおまえ、まだいたんだな。……練習中窓の方見たらいたから、びっくりした」

 

 そういう小塚は、文科系のたむろする図書室には似つかない、野球着。砂の後がついているのを見ると、練習中に抜けてきたのだろうか。

 

「いや、さっきまで外周してたんだよ。したら校門で変な男がいて、おまえのこと探してたみたいなんだけど……おまえ帰宅部だしとっくに帰ってると思ったから、もういないって言っちゃった」

 

 変な男のひと?

 

「背高かった? おやじだった? スーツ?」
「背は高かった。おやじ……って感じじゃなかったけど結構いってそうかな。スーツだった。知り合い?」
「たぶん」

 

 ていうか、理人かもしれない。仕事早く終わったのだろうか。……しかもなんで学校来たんだろ、変質者って通報されてもおかしくない年だからなあ。

 

「帰んの?」
「うん。寝てた」
「めずらし」

 

 図書室の空気を読めない彼が、容赦なく音を立ててドアを開く。カウンターの子が、後ろからサンクチュアリを跨ぐなといわんばかりに、いやそうに顔をしかめた。

 

「おまえが寝るとか珍しいじゃん」
「家で、眠れなくて」
「へえ。ほお。悩みごと? 出席番号前後関係のよしみで、相談に乗るぜ」

 

 体育会系で、やたらと成長期で、最近体もがっしりとしてきた彼が前の席にいると、未だに成長期の兆しが見えないおれにとっては、黒板が見えづらくて邪魔なのだけど。

 

「いいよ別に。てか練習中なんだろ?」

 

 そういうと、彼は、そうだったやばい、という顔をして走り出した。図書館だけど。ていうか忘れていたのだろうか。

 

「先輩にどやされる! せっかく佐野の恋愛相談でも聞いてやろうと思ったのに。……また今度な!」

 

 たびたび後ろを振り返りながら去っていく後ろ姿は、すぐに見えなくなった。嵐みたいなやつ。……慌ただしい友人の姿を見たからか、さっきまでまどろんでいた気持ちはすっかりどこかへ吹っ飛んでしまった。

 

 結局、閉じた本を再び開くことなく、下駄箱へと歩き出した。そろそろスーパーのものが安くなるころだろう。

 

 ――せっかく佐野の恋愛相談でも聞いてやろうと思ったのに。

 

 残念そうなそのことばを、小さく反芻する。

 

 恋をするとは、美味しい料理を作ることだろうか、結婚することだろうか。それとも先生を見たときのように心がぽかぽかすることだろうか、指輪の存在に心がきゅっとなることだろうか。困って友人に相談をすることだろうか。

 

 そんなはずはないのに、理人はずっとおれとふたりだと思っていた。理人がだれかをすきになって、恋をしたり愛したりするということを、初めて意識した。そして、それがとても普通であることに、ひどく胸が痛んだ。

 

 理人が恋をすること、愛すること、結婚すること。そしてそれは、つまり、おれにとってどういうことなのだろう。ちくちくと針で刺される感覚がするのは、どうしてだろう。

 

 あれから理人と、うまく話をすることができない。なんだか、ひどく、困って。

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